STORY

シルク・ドゥ・ソレイユ トライアウト

シルク・ドゥ・ソレイユ出演への経緯は、アーティストによって人それぞれ。

オーディションを受ける人もいれば、審査無しにいきなり御指名で出演依頼が来た方も過去にいらっしゃいます。

私の場合は、2007年にパフォーマーデビューしてすぐ、シルクのオフィシャルサイトへプロフィール登録を行いました。

この登録自体は誰でもできるもので、キャリアゼロの方でも登録だけならば可能です。そして当時の話では、その中から見込みのある人にのみオーディションの案内が来る、と聞いていました。

プロフィール登録から2年が経った2009年、ようやく私にも「トライアウト」と呼ばれるオーディションを受ける機会が巡ってきました。

当時はシルク・ドゥ・ソレイユの歴史の中でヨーヨーパフォーマーの採用例は無かったため、私は体操選手向けのオーディションに「その他」枠としてねじ込んでもらった形でした。

会場に着くと、周囲は全国・世界クラスのトップアスリートばかり。

そんな皆さんが、実技、即興ダンスと審査が進むうちに、半分、また半分と、目の前で脱落していきます。

私には、このオーディションに向け2つの秘策がありました。

一つは、国内の旋盤工場に作ってもらった、オリジナルのヨーヨー。
シルクの大舞台でも見栄えがするように、特別大きなヨーヨーを作ってもらいました。

そしてもう一つは、2年前から習っていたバレエです。

「オーディションで即興ダンスの審査がある」という情報は、書籍「シルク・ドゥ・ソレイユ - サーカスを変えた創造力」での予習で事前に知っていたので、オーディション受験が決まってからはバレエレッスンを増やしたほか、ジャズダンスやコンテンポラリーダンスのレッスンも受けるなど、自分なりの対策を立てていました。

これらの対策の効果もあってか、私は実技審査を通過しただけでなく、身体能力の面では自分よりはるかに上であるはずの体操選手らが苦戦していた即興ダンスの審査も、なんとか通過することが出来ました。

かろうじて当日の審査に全て合格した私。てっきりその日のうちに最終的な合否が出ると思っていたのですが、シルク側によると「最終の審査結果は、本日の映像を本部へ持ち帰り再審査し、後日改めて連絡する」とのことでした。

そしてオーディションから約1か月が過ぎた、2009年12月18日。
いつ来るか分からない連絡にそわそわする日々を過ごし、気付けば特に予定もない誕生日までもうすぐ、というタイミングで、私の電話が鳴りました。

「おめでとうございます。オーディション合格です」

その時私は外出中で、後に恩人としてお世話になるT氏との会食後、別れる間際のタイミングでした。私は人目もはばからず叫びました。

「Tさん!!!受かりました!!!」

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