STORY

2011

シルク・ドゥ・ソレイユ史上初の、ヨーヨーパフォーマーとしてのオーディション合格。
私は達成感で胸がいっぱいでした。

「ずっと親には不安な思いをさせていたけど、ようやく胸を張って報告できる『成果』を一つ手にできた!」

そんな誇らしい、晴れ晴れとした気持ちでした。

しかし、その後のシルク側からの続報によると、

「合格者は本部のアーティストデータベースに正式登録され、出演が必要になった際には改めて連絡します」

とのこと。

・・・あれ?
それって、誰でもできるwebサイトからの登録と何が違うの?

もしかして、オーディション合格って、「少しだけ、キャスティングの人の目につきやすくなった」程度の意味しかなかったのか?

実際、その時点では契約等は何も発生しておらず、それ以上の意味は感じられませんでした。しかし合格は合格なので、これ以上シルク側へアプローチする手段はありません。私は一種の「詰み」状態を感じていました。

そのまま時は流れ、2010年、2011年。

東日本大震災の影響で国内のエンターテイメント市場は自粛傾向となり、シルクへ近づくどころか、パフォーマーとしての活動機会も減少していました。

気が滅入る思いもありましたが、ただ家でじっとしていても事態が好転することはありません。

「それならば今年は、練習の年にしよう。実際にシルクに呼ばれる可能性はゼロではないのだから、いつ呼ばれても良いように、『シルク・ドゥ・ソレイユ初のヨーヨーアーティスト』として恥ずかしくない演技を用意しておこう」

私はそう決めました。

まずは大舞台に見合った演技を作るべく、稽古場を借りました。

当時の収入で広いスタジオを継続的に借りることは難しかったのですが、利用時間を深夜0時から午前6時という時間帯で借りることで使用料を抑えることが出来ました。

また、試作品の状態で止まってしまっていたパフォーマンス用のヨーヨーを本格的に作り直していただきました。

自分なりの理論で導き出した、パフォーマンス用のヨーヨーとして理想のサイズ。一般的なヨーヨーよりも、一回りも二回りも大きなサイズです。

初期の試作品はアルミで作っていただいたところ、とんでもない重量級のヨーヨーが出来上がってしまい使用開始から5秒で手を保護するグローブが溶けてしまう程でした。

そこで今度は鳥取県の菊水フォージングという企業に協力してもらい、アルミよりも軽い素材であるマグネシウム製のヨーヨーを製作しました。

それでも通常のヨーヨーよりは重かったのですが、非常識な大きさのヨーヨーながらなんとか扱える物にはなり、「トレーニングを積めば、ショー投入も可能だ」と思えるヨーヨーが出来上がりました。

そして同時に、パフォーマンスで使う音楽を、作曲家の深澤秀行さんに作っていただきました。

ゲーム「ストリートファイター4」シリーズやアニメ「Fate/stay night [Unlimited Blade Works]」をはじめ、TVCMの音楽など多岐に渡る楽曲制作をされている方です。

一個人という立場からの依頼を受けていただいただけでなく、お忙しいスケジュールにもかかわらず細かいリクエストにも真摯に応えて下さった深澤さんには、今でも本当に感謝しています。

練習環境、専用のヨーヨー、そして専用の音楽。
必要なものは、全て揃いました。

「できない言い訳は全てつぶしてしまった。もう、やるしかない」
そんな思いで自分を追い込み、練習に明け暮れました。

そして、多くの方々に支えていただき、深夜の練習を重ねた末、2011年末にようやく「作品」と呼べる演技「Yo-Yo Samurai」が出来上がりました。

そして、当初はシルク・ドゥ・ソレイユ出演を目指して作っていたはずのこの演技は、翌2012年、意外な形で世に出ていくことになったのです。

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