STORY

after TED

TEDでは、パフォーマンスだけではなくスピーチも行いました。本部側から、「素晴らしいパフォーマンスに至った背景をぜひ共有してほしい」と要請されたためです。

この要請は、私にとって想定外でした。オーディションではパフォーマンスのみを行っており、本番も同様とするつもりだったからです。

日本人がTEDの舞台に立つのは、30年のTEDの歴史の中で私が2人目。一人目は蛯名健一さんという方で、2007年にパフォーマンスのみ披露されました。正式にスピーカーとしてスピーチを行うのは私が初めてです。

世界を変えてしまう研究成果の発表などが相次ぐ中で、自分がスピーチをしてもいいのだろうか。それも、日本人初のスピーカーとして。そんな価値が、自分のスピーチにあるのだろうか?

疑問やプレッシャーは尽きませんでしたが、TEDのことを最も良く知っているTED本部側が話してほしいと言ってきたのだから、もしかしたら自分には思いもよらない形で何かの役に立つのかもしれない。

そう思って、TED側にリクエストされた「現在の自分、パフォーマンスに至った背景」を話すことにしました。そしてこのスピーチは、ある意味ではパフォーマンス以上に評価されることとなりました。

参加費100万円という金額を払っているVIPの皆さんが、次々と私の所へ来て、こう言うのです。

「私も今日に至るまで、様々な浮き沈みがあった。BLACKさんの話はまさに私のストーリーでもあり、涙無しに聴く事は出来なかった。本当にありがとう」

「これからの社会は、今の若い世代が成長し、大人となった彼らが形成していく。その過程における『教育』は、よりよい社会を作るために極めて重要だ。彼らがBLACKさんのような『情熱』を見つけることが出来たら、それは生きる上での支えとなると私は思う。ぜひ『教育』という分野に、あなたの力を貸して欲しい」

そんな声までいただく事が出来たのです。

元はと言えば、利己的な欲求「ヒーローになりたい」という思いの先に見つけた、「ヨーヨーの社会的評価を上げる」という夢。

TED参加者の皆さんの声を聞く中で、私はこう感じました。

「逃げや利己的な欲求だけで突き進んできた自分勝手な人生だと思っていたけど、『何の才能もない状態から自分なりに努力して進んできた』という経験は、多くの人の共感を得られるのかもしれない」

「もしかしたら自分は、ヨーヨー業界だけではなく、もっと多くの人々の役に立てるようになっていたのかもしれない」

と。

勘違いかもしれない。自分にそんな大層なことが出来るわけがない。・・・けど、もしそんなことが出来るなら本当に嬉しいし、それはまさに自分がなりたかった「ヒーロー」そのものではないか。

日本に帰った私は、パフォーマーとしての活動の傍ら、講演活動にも精を出すようになりました。話す内容は、その都度手探り。

どうしたら、何を話したら人の役に立てるのだろう。
多くの人々の役に立ちたい。
その一心でした。

そして、徐々に講演をさせていただく機会も増え、不慣れな活動がようやく形になりつつあった、1年後の2014年の4月。突然、一通のメールが届きました。

夢の実現は、唐突にやってきたのです。

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