STORY

ドクターストップと、不甲斐ない帰国

私はすぐさま、病院へ担ぎ込まれました。
人生初の気絶と救急搬送、何より環境が海外ということもあり、不安で頭がいっぱいでした。

「自分なりに頑張ってここまで来たけど、シルク本出演の夢は果たせずに死んでしまうのかな・・・」

そんな思いも頭をかすめました。

様々な検査を行った結果、気絶の原因は胃潰瘍であることが分かりました。胃の中で出血していたため、本来体内をめぐる血が不足し貧血状態に陥っていた、とのこと。

「夢であったシルク出演を目前にしながらも、満足のいく演技を披露できそうにない」というプレッシャー・ストレスは、わずか数日の間に胃に穴を開けかけていたのです。

すぐに穴をふさぐ手術をしていただき3日間の入院後に退院はできましたが、激しい運動についてはドクターストップがかかってしまいました。血中の赤血球の量が著しく減少しており脳に十分な酸素を運ぶことが出来ず、ちょっとした運動でも意識がもうろうとしてしまう状態になってしまったためです。

その後約1か月半、カナダでリハビリを続けましたが、思うように体調は回復せず。

そんな私に対しシルク側が下した決断は、「ショーに近い環境ではプレッシャーもあるだろうから、一度日本に帰って静養してほしい」という帰国指示でした。

「これは決してクビではない。君の出演枠は、きちんと残っている。元気に帰ってきてくれるのを待っているよ」と。

シルク側の気遣いが心にしみる半面、私は不甲斐ない気持ちで胸が張り裂けそうでした。即戦力と期待して呼んでくれたのに、一度もショーに出演しないどころか、福利厚生のお世話になるばかりなんて。

しかし、悔いているばかりでは事態が好転しないことは、過去の経験からも分かっています。

私は帰国後、2か月前に解約したばかりの練習スタジオ・スポーツジムと再契約し、国内のスポーツドクターと相談しながら、体調に合わせたリハビリを始めました。

低下してしまった筋力・柔軟性の向上や、食事を中心とした赤血球量の回復。そして、ショーで担当するキャラクター「時の支配者」にふさわしい振付や振る舞い方の研究。その時その時の体調が許す範囲で無理はせず、その中でできる最大限のリハビリに注力しました。

こうしたリハビリ生活の結果、多くの方々の支えのおかげもあり、予定より早く1か月程度で「サーカスパフォーマンス、運動を問題なく行うことが出来る」とドクターからお墨付きをいただくまでに回復することが出来ました。

2014年7月、私は満を持して再びカナダへ渡りました。まずはモントリオールのシルク本部にて、運動能力や演技の最終確認。社内スタジオにてシルク・ドゥ・ソレイユ全社員の前で演技を披露する最終試験には大変緊張しましたが、幸い皆さんから温かい拍手をいただくとともに、同演技でのGOサインが出ました。

そして翌8月にはケベックシティで公演を行っていたチームへ合流。本番と同じステージで数度のリハーサルを行った後、ようやくショーへデビューすることが出来ました。

シルク・ドゥ・ソレイユに憧れを抱き始めてから、実に10年。
シルク史上初のヨーヨーアーティストが、ついに誕生したのです。

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