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「シルク・ドゥ・ソレイユを離れる」という決意

私が出演していたKURIOSは移動型のショーで、約2か月ごとに公演都市を転々としていました。

1週間のスケジュールはどの都市でも基本的には同じで、火曜日から日曜日にかけて、公演回数は約10回。毎週月曜日は休演日ですが、ハードスケジュールで疲れた体を休めるのに精いっぱいで、あまり観光などをする余裕はありませんでした。

「シルク・ドゥ・ソレイユの名に恥じない演技を披露できる体調を維持する」

毎日ショーが続く環境下で、体調管理はアーティストたちにとって最優先事項です。特に、一度体調を崩しショーに穴をあけてしまった経験のある私は、体調管理には細心の注意を払っていました。

持参した枕・マットレスによる良質且つ十分な睡眠や、毎日ショーの前には1時間のストレッチ。普段のストレスを減らせるよう、ノイズキャンセリングヘッドホンの使用や、Kindleでの日本の書籍の読書。少しでも身体に異変を感じたら帯同している医療チームへすぐに相談するなど、全力での体調管理でした。

やがて数か月が経過する頃には海外のツアー生活における体調管理にもようやく慣れてきた私でしたが、一方で、ある懸念が芽生えてきました。

それは、1日のスケジュールの中で「ショーに必要な技術を維持するための練習」はできても、「新技術の習得や新しい演技作り」をする余裕がない、という問題です。

毎日ショーが始まる前には、ストレッチだけでなくヨーヨーのメンテナンスやメイクアップなどを行う必要があります。またショーの最中も自身の演目だけでなく他の演目のサポートなども行うため、休日も含め「クリエイティブや成長に使える時間が少ない」と感じ始めていたのです。

それまでの自分は、「シルク・ドゥ・ソレイユ出演」という、ともすれば実現は不可能とも思えるような夢を目指しそれなりのペースで成長していましたが、いざ念願叶い出演を始めた今、その成長スピードが鈍っているのではないか。

これには大きな焦りを感じました。

私の契約形態は更新の裁量がアーティスト側にあり、望むなら半永久的に出演を続けることも可能でした。しかしそれは、「パフォーマーとしては現在のレベルがピークで、私は今後の人生で成長することはほぼありません」と宣言する事のように感じたのです。

せっかくTEDをきっかけにヨーヨー業界に限らず多くの方々の役に立てる可能性が見えてきたのに、シルク出演を続けていてはそれが難しい。

ましてパフォーマーとしても大きな成長が望めない、先の見えた人生に生きがいを感じられるのだろうか。

そんな疑問が、頭をもたげるようになりました。

今の時点でも、「ヨーヨーでシルク・ドゥ・ソレイユ出演まで漕ぎつけたBLACKさんの情熱に勇気づけられます」という声は多数いただいているし、それは本当に嬉しい。

しかし自分には、もっと多くの人々を勇気づける、役に立つことが出来るのではないだろうか。

いま自分が本当に為すべきことは、安定収入の環境を捨ててでも、より多くの人の役に立てる可能性を追求することなんじゃないだろうか?

それこそが、自分の生きがいだったのではないか?

「なんてもったいない!」そうおっしゃる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、私の中で答えは一つでした。

「前例のない、ヨーヨーでのシルク・ドゥ・ソレイユ出演」という夢を成し遂げた私は、わずか2年で契約を満了し、2016年2月、日本へ帰国しました。

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